札幌高等裁判所 平成10年(行コ)6号 判決 1998年11月26日
控訴人 後藤英文
被控訴人 法務大臣
代理人 伊良原恵吾 成田英雄 島尻裕士 ほか四名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 本件を原審に差し戻す。
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
本件は、旭川地方法務局羽幌出張所(以下「羽幌出張所」という。)の管轄区域内の住民であるとともに、同区域内において司法書士を営む控訴人が、非控訴人に対し、羽幌出張所を廃止しその業務を旭川地方法務局留萌支局(以下「留萌支局」という。)に移管する旨の法務局及び地方法務局の支局及び出張所設置規則(以下「設置規則」という。)の一部改正により、羽幌出張所利用の権利が侵害されたとして、右設置規則の一部改正の取消しを求めたところ、原審は、右訴えを法律上の争訟性を欠くとして却下したので、控訴人が控訴した事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 控訴人は、平成八年一二月二日に廃止された羽幌出張所の管轄区域内の住所地に居住しているところ、昭和六〇年一〇月二二日、同管轄区域内に所在する土地及び建物の所有権を取得し、同月二四日、羽幌出張所においてその旨の登記をした(控訴人の右土地及び建物の取得並びにその旨の登記の各年月日は、<証拠略>によりこれを認める。)。
(二) 控訴人は、羽幌出張所の管轄区域内において司法書士の業務を営み、平成九年一月から同年一二月までの間、同区域内に本店ないしは営業所を置く会社等の法人(六社)、同区域内に所在する不動産(土地、建物)又は動産(農業用動産)を所有する登記名義人(八名)との間で、それぞれ商業登記、不動産登記又は農業用動産登記の申請手続に関する各委任契約を締結し、右各契約に基づき登記申請手続を行った。
2 羽幌出張所廃止の経緯など
(一) 明治二〇年二月一日、苫前外二村戸長役場内に苫前登記所が設置され、明治三二年二月一三日、同登記所が廃止され、同日、増毛区裁判所羽幌出張所が現在の苫前郡羽幌町に設置された。その後、昭和二二年五月三日、登記に関する事務が裁判所から分離され、旭川司法事務局羽幌出張所として発足し、昭和二四年六月一日に旭川地方法務局羽幌出張所と改称され、平成八年一二月に廃止された当時は、苫前郡羽幌町、同郡苫前町、同郡初山別村を管轄区域とする登記事務を取り扱っていた。
(二) 被控訴人は、平成八年一一月二五日、法務省令第七〇号をもって、法務省設置法(昭和二二年法律第一九三号。以下「設置法」という。)八条五項の規定に基づき、設置規則中、別表旭川地方法務局の部留萌支局の款同支局の項中、「留萌郡 増毛郡」を「苫前郡 増毛郡 留萌郡」に改め、同款羽幌出張所の項を削る改正(以下「本件一部改正」という。)を行い、同改正省令は、同年一二月二日から施行された。
二 争点及び当事者の主張の要旨
1 控訴人
(一) 裁判所法三条一項の法律上の争訟性について
(1) 控訴人は、次の(2)ないし(4)のとおり、<1> 羽幌出張所の管轄区域内に居住する住民、<2> 同管轄区域内に不動産を所有し、羽幌出張所に保管されていた不動産登記簿にその所有権取得の登記名義を得ていた登記名義人(以下、不動産登記又は商業登記を経由した個人又は法人を「登記名義人」ということもある。)、<3> 同管轄区域内において司法書士を営む者(一般的な司法書士の立場及び個別具体的な業務を受託した司法書士の立場を含む。)として、羽幌出張所を利用する具体的権利を有していたところ、本件一部改正により、右権利を侵害されたのであるから、本件訴えは、裁判所法三条一項の法律上の争訟性を有する。なお、法律上の争訟性と行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条二項所定の処分性及び同法九条所定の処分の取消しを求める法律上の利益(原告適格)とは、重なり合う関係にあるから、後記のとおり、本件一部改正について、処分性及び控訴人の原告適格が認められる以上、本件訴えが法律上の争訟性を有することは明らかである。
(2)ア 不動産登記法(以下「不登法」という。)二六条一項及び商業登記法(以下「商登法」という。)一六条一項は、いずれも登記申請について当事者又はその代理人が出頭して行わなければならない旨定めているから、その反射的側面として、国は、登記制度が適正、円滑に維持され得るように、登記事務を行う法務局、地方法務局又はその支局若しくは出張所(以下「登記所」という。)を配置する義務を負う。すなわち、国民の登記を受ける地位(登記申請権)は、憲法二九条一項で保障された財産権を構成する一要素であるから、一定の基準(受忍限度)を超えた登記所の配置は、財産権の侵害に当たることはもとより、法の下の平等を定めた憲法の規定に抵触し、基本的人権を侵害する。
そして、登記制度は、登記法(明治一九年法律第一号)の公布施行という形で誕生したが、国は、これまで再三再四にわたり、その配置基準につき「当時の交通事情を前提として、主として登記の申請等をする利用者が一日で往復することができるようにとの方針で決定された。」と説明してきた。すなわち、国は自ら登記所の配置における適正基準のうち、限界的基準(受忍限度)として、朝自宅を出て、夕方には帰宅できる範囲(以下「一日交通圏」という。)という基準を設定して、登記制度誕生以来、百余年の間これを維持してきた。
以上のとおり、国民の登記を受ける地位(登記申請権)が憲法二九条一項で保障された財産権を構成するものであるのみならず、登記所設置の趣旨が、登記申請に関する当事者出頭主義と相まって、利用者に場所的な便宜を図ることにあることからすれば、確立された管轄区域によって一旦保護されるに至った地域住民の利益は、単なる事務取扱上の措置を理由に任意に剥奪されるものではなく、法的に保護されるべきである。
イ 地域住民は、居住する管轄区域内の登記所の統廃合などにつき、その趣旨及び目的について説明を受ける権利を有するが、後記のとおり、被控訴人から何らの説明を受けないまま、羽幌出張所の廃止が強行されたのであるから、控訴人を含む住民の右の説明を受ける権利が侵害された。
(3)ア 地域住民は、自己の居住する登記所の管轄区域内に不動産を取得しその旨の登記をすることにより、登記名義人として当該登記所との間に、具体的な権利義務ないし法律関係が発生する。すなわち、登記名義人は、不動産につき物権の得喪変更が生じた場合、民法一七七条の対抗力などを得るためには、不登法の定めるところに従い、その不動産を管轄する登記所に対し、その登記申請をする必要があり、また、土地について、地目・地積の変更(不登法八一条一項)、滅失(同法八一条ノ八第一項)、建物について、種類・構造・床面積、一棟の建物の区分(同法九三条ノ五第一項)、滅失(同法九三条ノ一一)等の変更があった場合には、それぞれ変更があった日から一か月以内にその旨の登記申請義務を課され、その申請を怠ったときには一〇万円以下の過料を科される(不登法一五九条ノ二)。
このことは、商業登記においても同様であり、株式会社の取締役などは、設立登記後、商号、目的、資本の総額、役員などの変更が生じた場合には、それぞれ変更のあった日から所定の期間内にその旨の登記申請義務を課され、その申請を怠ったときには、一〇〇万円以下の過料に科せられる(商法四九八条)。
イ 右のとおり、登記名義人又は株式会社の取締役などは、過料により間接的に強制される登記申請義務を課せられる関係にあるから、登記名義人と当該管轄登記所との間には具体的な権利義務ないし法律関係が存する。
(4)ア 司法書士は、司法書士の登録を行い、事務所を設置し業務を行っている場合には、管轄登記所(あるいは最寄りの登記所)との間に具体的な権利義務ないし法律関係が存する。すなわち、司法書士は、その業務の性質上、嘱託人と面談し、必要な調査、確認作業を行うことが不可欠であり、また、登記がその先後によって権利の順位が決定されることから、登記申請手続の受託から登記申請までの事務処理は迅速でなければならないほか、登記所に出頭して登記申請書を提出し、登記済証の還付も登記所に出頭して受ける必要があることからすれば、登記所との間を頻繁に往復することが法律上予定されている。
イ 前記のとおり、司法書士は、当該登記所との間で具体的な権利義務ないし法律関係が存する本人の嘱託を受けて、登記又は供託に関する手続の代理、登記所に提出する書類作成、法務局等の長に対する登記又は供託に関する審査請求の手続の代理等の事務を行うことを業とし(司法書士法二条)、これにより国民の権利保全に寄与する責務を付託された職業的代理人である(同法一条)から、この点からも司法書士と当該登記所との間には、具体的な権利義務ないし法律関係が存する。
(二) 行訴法三条二項の処分性について
抗告訴訟の対象(いわゆる処分性)については、法令であっても、その内容が具体的である場合や個人の権利義務ないし法的利益に直接影響を与える場合には、処分性を肯定することができる。
本件一部改正は、住民、登記名義人及び司法書士である控訴人の享受していた羽幌出張所を利用できるという法的利益を侵害するものであり、抗告訴訟の対象となる処分性を有する。
(三) 行訴法九条の法律上の利益(原告適格)について
(1) 行訴法九条の法律上の利益を有する者とは、当該処分の根拠法令に限定されたものではなく、より広く実体法上保護された個別的具体的利益を侵害された者であると解するのが相当である。
仮に、行訴法九条の法律上の利益を有する者が、処分の法的効果として自己の権利又は当該処分の根拠法規によって個別的具体的に保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者に限られると解するとしても、この場合、当該処分の根拠法規のみならず、当該法律の目的や関連法規、さらには法秩序全体を考慮に入れ、当該行政処分の根拠となった法律の保護する目的が公益の実現を目的としているときであっても、その中に個々人の個別的利益を保護する趣旨を読み取ることができるときには、法律上の利益を認めるべきである。
この観点から検討すると、一般法である民法、商法は、権利主体である個人、法人の具体的な権利関係を規定した法規であるのみならず、関連法規である不登法二六条一項・商登法一六条一項の当事者出頭主義の規定、民法一七七条の不動産の権利に関する登記の対抗力付与規定、民法に規定された物権等の登記関連規定、商法・有限会社法等において登記を要するとされる諸規定、不動産登記法一五九条ノ二の過料規定、商法四九八条の登記懈怠に対する過料規定、司法書士法一条及び二条の目的・義務規定等の各規定によって形成されている登記に関わる法体系全体が、個人、法人の個別的権利あるいは利益を保護していると解される。そして、そもそも登記制度そのものが、権利の主体(商業、法人登記)及び権利自体(不動産登記)を公示することによって個人及び法人の権利を保全しようとする制度であり、さらに、不登法及び商登法が当事者出頭主義を採用していることと相まって、設置規則に基づき、これまで全国に千余か所の登記所が設置されてきたことからすれば、登記所利用についての個々人の個別的利益を保護する趣旨を読み取ることができる。
(2) 控訴人は、羽幌出張所の廃止により業務が留萌支局に移管された結果、羽幌と留萌間六〇キロメートルを最低でも一日一回、場合によっては一日二回、留萌支局に出頭することを余儀なくされるに至った。そのために費やされる時間は、夏期間で二時間ないし四時間、冬期間では三時間ないし六時間にも及ぶが、控訴人は、これにより嘱託人と直接面談し、相談に応じ、嘱託人の依頼の趣旨及び目的を実現するための調査、確認作業という司法書士としての本質的業務に壊滅的な打撃を受けた。これは、控訴人が羽幌出張所を利用する具体的権利を侵害されたことによるものである。
(四) 本件一部改正の違法事由
(1) 憲法二九条一項違反
ア 不動産登記制度は、それなくしては不動産という重要な財産の取引に関する自由と安全が確保されないという意味で、憲法上認められた私有財産制の制度的保障の重要な一環をなすものである。また、憲法上の財産権保障は、個人の有する財産権の個別的保障も含むと解されるから、国民の不動産に関する物権変動について登記を受理される地位(登記申請権)は、憲法上の権利であるということができる。
このことは、登記所の配置という側面においても、国は、個々の国民(地域住民)に対し、その権利を法規の正しい適用により保護すべき責務を課せられているのであり、その責務を果たすため、国民(地域住民)のために登記所を適正に配置し、国民(地域住民)の利用に供する責務を負っている。この場合の国による登記所の適正な配置は、国民(地域住民)の登記を受理される地位(登記申請権)の享受をより充実させるという国民に対する奉仕行為として国に課せられている義務の履行という観点からされるべきである。
そして、登記所が具体的にどこに配置され、その管轄がどの区域に定められるかは、当該国民(地域住民)の登記を受理される地位(登記申請権)の内容を具体的かつ現実に確定するうえで極めて重要であり、とりわけ既存の登記所の管轄区域内の不動産を所有し、又は営業所などを設置しその登記を経ている個人若しくは法人等の登記名義人のように、管轄登記所で登記を受理される地位(登記申請権)が永年にわたって保障されている登記所の廃止を決定するに当たっては、国は、登記名義人の権利を侵害することがないよう十二分に配慮すべき責務を負っている。
イ しかし、本件一部改正により、これまで羽幌出張所管轄内の最も遠い初山別村豊岬地区から羽幌出張所まで片道三〇分ないし四〇分、往復で一時間ないし一時間三〇分(離島である天売、焼尻地区からでも夏期間で半日以内、冬期間でも一日以内)で出頭することが可能であったが、本件一部改正後は留萌支局まで片道で二時間ないし三時間、往復で半日を要するようになり、また、天売、焼尻の離島住民にとっては日帰りは難しく、一泊二日の行程を余儀なくされることになった。
以上のとおり、本件一部改正による羽幌出張所管轄内に居住する地域住民の登記を受理される地位(登記申請権)を行使するために費やされる経済的、時間的負担の増加、迅速な登記申請の機会を奪われるなどの不利益は甚大なものがあり、憲法二九条一項に違反する。
(2) 憲法一四条違反
本件一部改正により、留萌支局の管轄は、留萌市、増毛町、小平町、苫前町、羽幌町、初山別村の一市四町一村を含む極めて広大なものとなったが、管轄内のいずれの地域からも登記所まで一時間ないし二時間以内で往復できる登記所が全国的に圧倒的に多い状況を考えると、著しく不公平、不平等なものであり、憲法一四条の法の下の平等に違反する。
(3) 憲法一一条違反
個々の国民は、国に対し、各人の生命、身体、財産その他の権利を守るに必要な保護を求め、そのために一定の国家機関又は公共の施設を利用するなど進んで国の奉仕を請求する権利を保障されている。本件一部改正は、右受益権を侵害し、憲法一一条の基本的人権の享受を侵害した違法がある。
(4) 裁量権の逸脱又は濫用(行訴法三〇条)
ア 民事行政審議会の答申違反
(ア) 被控訴人の諮問を受けた民事行政審議会は、平成七年七月四日、登記所適正配置についての基準及び留意事項を答申(以下「審議会答申」という。)した。
仮に、登記所の統廃合が被控訴人の裁量行為であるとしても、被控訴人は、登記所の統廃合を行う際には、審議会答申を遵守すべき義務を負い、右基準及び留意事項に反した統廃合は、行訴法三〇条所定の行政権の裁量の範囲を逸脱し又は濫用するものであって違法である。
(イ) 前記の羽幌出張所の管轄区域内の地域の自然的地理的諸条件及び地域の実状などからすれば、本件一部改正は、審議会答申の留意事項2に示された「登記所の適正配置を実施するに当たっては、地域の自然的地理的諸条件(例えば、離島)、社会的経済的諸条件(例えば、大規模開発地域)、地域住民の生活指向等、地域の実状に十分配慮する。」ことに違反した違法がある。
イ 国会答弁に反した行政執行上の瑕疵
法務省民事局長は、平成八年二月二三日、衆議院法務委員会において、登記所統廃合問題に関する議員の質問に対し、「地域住民から要望があれば住民説明会を開催する。」と答弁した。控訴人が代表を務める「旭川地方法務局羽幌出張所の存続を求める会」は、同年七月三日旭川地方法務局長に対し、住民説明会の開催を強く要請した。しかし、被控訴人は、右説明会を開催しないまま、本件一部改正を行い羽幌出張所廃止を強行した。これは、国会答弁に反した行政執行であると同時に、審議会答申の留意事項5に示された「地域住民に対し、登記所の適正配置の趣旨及び目的について十分説明して、その理解と協力を求めるとともに、統廃合後の登記所の位置等具体的な実施方法については、地域住民の意見をできるだけ尊重する。」ことに違反した行政権の裁量の範囲を逸脱した違法がある。
(5) 一日交通圏の基準違反
前記のとおり、羽幌出張所廃止後は、留萌支局までの往復に多大な時間を要するようになり、天売、焼尻の離島住民にとっては日帰りは難しく、一泊二日の行程を余儀なくされることになったことからすれば、羽幌出張所の廃止は、一日交通圏の基準に違反した違法がある。
2 被控訴人
(一) 裁判所法三条一項の法律上の争訟性について
(1) 不動産登記の事務は、不動産の所在地を管轄する登記所が、商業登記の事務は、当事者の営業所の所在地を管轄する登記所が、それぞれ管轄登記所としてつかさどり(不登法八条一項、商登法一条)、その管轄区域は、設置規則四条に定められている。すなわち、登記事務に関する登記所の管轄区域は、不動産の所在地又は営業所の所在地との関係で定められたものであって、当該登記所を利用する者は、当該区域に居住する国民や司法書士に限られず、登記所の管轄区域に所在する不動産又は営業所に関係する法人を含む国民及びそれらの者から嘱託を受けた司法書士一般である。
なお、控訴人の主張する一日交通圏という基準は、法令上に何らの規定もされておらず、控訴人の具体的な権利を基礎付けるものとは到底いえない。
(2) 当事者出頭主義を採る不登法二六条一項及び商登法一六条一項上、国民が登記所を利用するためには、登記所に自ら又はその代理人が出頭する必要があるが、そのことから国民各人に特定の登記所を利用する法律上の利益があるとはいえない。設置法、不登法等の関係法令を通覧しても、個別の国民に一定の利便性のある場所に登記所を設置する義務を定めた規定や個別の国民に右の法律上の利益が存することを窺わせる規定はない。
(3) 控訴人が指摘する不登法、商登法、商法の登記申請義務などに関する規定は、公益的見地から、登記名義人らに一般的な登記申請義務を課した規定にすぎない上、設置法及び設置規則は、特定の法務局、地方法務局及びその出張所における具体的な登記申請義務を課したものではなく、まして、登記名義人らの利便性を保障した規定ではない。
(4) 司法書士制度は、登記制度を国民が利用するに際し、必要事項の調査や必要書類の作成などにある程度の専門的な知識を必要とすることから、一般人が手間暇をかけて登記申請書類を作成し、その手続をすることが経済的に見ても効率が悪いため、一般国民に代わって書類を作成し、手続をする制度を設置する要請があり、これに応えるために設けられた制度である。そして、司法書士は、司法書士法に基づく審査を経て資格を得、本人である一般国民に代わって登記等の手続について代理をするなどの業務を行う者である(司法書士法二条)から、司法書士の登記所の利用の利益は、本人たる一般国民としての利用に尽きるものである。
また、司法書士の資格を有する者は、その登録を受けようとする際に、その事務所を設けようとする地を管轄する法務局又は地方法務局の管轄区域内に設立された司法書士会を経由して、日本司法書士会連合会に登録申請書を提出しなければならず(司法書士法六条の二第一項)、また、その事務所の所在地を管轄する法務局又は地方法務局の長は、司法書士法又は同法に基づく命令に違反した司法書士を懲戒でき(同法一二条)、その限りで、法務局又は地方法務局の管轄区域とは関係があるものの、事務所の所在地を管轄する出張所との間に法的関係は全く存在せず、かえって全国いずれの登記所であっても、これを利用することができるのであって、実際上事務所の所在地を管轄する登記所を利用することが多いとはいっても、これは事実上の関係にほかならない。
(5)ア 以上によれば、一旦設置された登記所を利用する個別の国民及び嘱託を受けた司法書士に、当該登記所を利用する具体的な権利ないしは法律関係が生じる余地はなく、国民ないし司法書士がこれを利用することによって享受する利益は、登記所が一般公衆の利用に供されたことによる反射的利益にすぎない。右のことは、控訴人の主張する登記名義人としての立場を有する国民に関しても同様であり、本件一部改正により、登記名義人は、留萌支局で登記申請義務を果たすことになるが、本件一部改正によって生じるのは、登記名義人の利便性を有する場所に設置された特定の登記所を利用できるか否かという事実上の利益の変動にすぎず、廃止前の登記所を利用することによって享受していた利益もまた、登記所が一般公衆の利用に供されていることによる反射的利益にすぎない。
イ 本件訴えの実質は、羽幌出張所が廃止され、その業務が留萌支局に移管されると、羽幌出張所の管轄区域に居住する住民であり、司法書士である控訴人としては不便であるので、控訴人が右のような住民ないし司法書士としての立場で本件一部改正の取消しを求めるというものである。そして、右の立場以上に進んで控訴人に関わる具体的な紛争について控訴人の具体的な権利の回復の審判を求めるものではない。
ウ のみならず、本件訴えは、被控訴人が設置法八条四項及び五項に基づき、設置規則の一部改正という形式で行った、広く一般国民に対する出張所の適正配置という行政施策に対して、控訴人の主観的な行政施策上あるいは政治上の見解を述べているものと解さざるを得ず、控訴人と被控訴人の間の紛争は、行政施策等に係る意見の対立ということができる。かかる性質の紛争は、裁判所が法令を適用することによって終局的に解決することができるものではない。
(6) したがって、本件訴えは、いずれにしても裁判所法三条一項の法律上の争訟に該当しない。
(二) 行訴法三条二項の処分性について
前記のとおり、設置規則の制定又は改正に基づく登記所の設置ないしは廃止により、当該管轄区域に居住する個別の国民及び司法書士との間で何らかの権利義務ないし法律関係が発生する余地はない。したがって、本件一部改正により、控訴人個人に対し直接その権利義務を形成し又はその範囲を確定する関係がないことは明らかであるから、本件一部改正については、行訴法三条二項の処分性を認める余地はない。
(三) 行訴法九条の法律上の利益(原告適格)について
(1) 行訴法九条の法律上の利益を有する者とは、処分の法的効果として自己の権利若しくは当該行政処分の根拠法規によって個別的、具体的に保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがある者に限られ、法律が一般公益の保護を目的として行政権の行使に一定の制約を課している結果、特定の個人が事実上受ける利益(反射的利益)を侵害されるにすぎないときは、法律上の利益を有する者には該当しない。
(2) 前記のとおり、国民ないし司法書士が登記所を利用することによって享受する利益は、登記所が一般公衆の利用に供されたことによる反射的利益にすぎないから、控訴人は、法律上の利益を有する者には該当しない。
第三当裁判所の判断
一 裁判所法三条一項の規定にいう「法律上の争訟」として裁判所の審判の対象となるのは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に限られる(最高裁判所平成三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号五一八頁参照)ところ、控訴人は、<1> 羽幌出張所の管轄区域内に居住する住民、<2> 同管轄区域内に不動産を所有し、羽幌出張所において保管する不動産登記簿にその所有権取得の登記名義を得ていた登記名義人、<3> 同管轄区域内において司法書士を営む者(抽象的一般的な司法書士の立場のみならず、個別具体的な業務を受託している司法書士の立場を含む。)として、羽幌出張所を利用する具体的な権利を有する旨主張する。
しかしながら、控訴人の主張する右のいずれの立場からも、控訴人において羽幌出張所を利用することができる具体的な権利義務ないし法律関係が存するということはできない。その理由は、次のとおりである。
1 設置法八条四項は、「法務大臣は、必要と認める地に、法務局又は地方法務局の支局又は出張所を置き、法務局又は地方法務局の事務を分掌させることができる。」とし、同条五項は、「地方法務局の内部組織並びに法務局又は地方法務局の支局及び出張所の名称、位置、管轄区域及び内部組織は、法務省令で定める。」としており、これを受けて、設置規則は、法務局及び地方法務局の支局及び出張所の名称、位置及び管轄区域を具体的に定めている。
しかしながら、設置法及び設置規則を含む登記に関する不登法及び商登法等の関係法令中に、国民のため利便性を有する場所に登記所を設置する義務を定めた規定はないのみならず、国民が利便性を有する特定の管轄登記所の利用から受ける利益をそれら個々人の法的利益として保護すべきものとする趣旨を明記している規定はなく、さらに、以下に説示するとおり、右各規定の合理的解釈などによっても、右の趣旨を導くことはできない。
2 登記制度は、国民の権利義務に関する重大な影響を与え、取引の安全を図る基本的な制度であるから、登記所の配置は、登記所を利用する国民の便宜に資するものであるとともに、登記所の機構及び体制が国民に対して、適正、迅速かつ効率的に行政サービスされることが要請され、これは国の行政的責務であることはいうまでもないが、右の行政的責務を負っているからといって、国が直ちに個々の国民に対し登記所を適正に配置する法的義務を負い、又は個々の国民が特定の登記所を利用する法律上の利益を付与されたものということはできない。
控訴人は、登記法施行以降、国が一日交通圏の基準に基づき登記所を配置してきた旨主張し、<証拠略>によれば、登記制度が創設された明治時代中期以降、当時の道路・交通事情などを前提として、主として登記の申請等をする利用者が一日で往復することができるようにとの方針に基づき、登記所が配置されたこと、その結果、多数の出張所等を含む登記所が全国的に分散配置されたことが認められる。しかし、右の方針自体は、直接法令上の根拠に基づくものではなく、それぞれ配置された当時の道路・交通事情をはじめとする社会・経済情勢などを背景として行われた行政上の運用の結果によるものにすぎないから、控訴人の主張する一日交通圏の基準により登記所が配置されてきた経過があるとしても、これにより直ちに既存の登記所の利用につき個々の国民が法律上の利益又は権利を付与されたものということはできない。
3 仮に、控訴人が主張するように、国民の不動産に関する物権変動などについて登記を受理される地位(登記申請権)が憲法二九条一項で保障された財産権の一部を構成するとしても、その具体的な実現方法、特に、国民が利便性を有する特定の登記所の利用についてまで憲法上の保障が及ぶものではなく、専ら立法政策に委ねられていると解されるところ、前記のとおり、設置法及び設置規則を含む登記に関する不登法及び商登法等の関係法令中には、これについて明記した規定などが存しないことからすれば、控訴人主張の登記申請権をもって、個々の国民が特定の登記所を利用する法律上の利益を有するものということはできない。
なお、控訴人は、地域住民が、居住する管轄区域内の登記所の統廃合につき、その趣旨及び目的について説明を受ける権利を有する旨主張するが、右のように解することができる法的根拠はない。
4 不動産登記の事務は、不動産の所在地を管轄する登記所(不登法八条一項)が、商業登記の事務は、当事者の営業所の所在地を管轄する登記所(商登法一条)が、それぞれ管轄登記所としてつかさどるとされている。すなわち、登記事務に関する登記所の管轄区域は、不動産の所在地又は営業所の所在地との関係で定められており、当該登記所を利用する者は、当該管轄区域に居住又は所在する国民(法人を含む。)、司法書士及び土地家屋調査士(以下、司法書士及び土地家屋調査士を合わせていうときは「司法書士等」という。)に限られず、当該登記所の管轄区域に所在する不動産及び営業所に関係する国民並びにそれらの者から嘱託を受けた司法書士等の国民一般に及ぶものであるから、当該登記所の管轄区域内に居住することにより、当然に当該登記所との間に法的関係が存するということはできない。
5 不動産の権利に関する登記の申請は、原則として登記権利者及び登記義務者又はその代理人(不登法二六条一項)が、商業登記の申請は、当事者又はその代理人(商登法一六条一項)がそれぞれ登記所に出頭してする必要があるが、これは、登記の真正の確保及び事務処理上の要請などに基づくものであるから、当事者出頭主義が採用されていることをもって、直ちに個々の国民が特定の登記所を利用できるという具体的な権利義務ないし法律関係を有するということはできない。
6 登記名義人又は会社の取締役などは、登記事項に変更が生じた際に登記申請義務が課され、これを怠ったときには過料の制裁を受けることがある(不登法一五九条ノ二、商法四九八条一項一号など)が、これは、公益上の見地から一般的な登記申請義務及びこれに対する制裁を課したものにすぎないから、これをもって、登記名義人と特定の登記所の間における具体的な法的関係が生じるということはできない。
7 司法書士の登録(司法書士法六条の二第一項)及び監督(同法一二条)について、法務局又は地方法務局の管轄区域との関連性を見出せる規定が存するが、それ以外に司法書士の事務所の所在地を管轄する登記所との間に具体的な権利義務ないし法的関係が存することを窺わせる規定は存しないのみならず、司法書士が司決書士法に基づく審査を経て資格を取得し、本人たる国民を代理して登記、供託等の手続等の業務を行う者である(同法二条)ことからすれば、司法書士の登記所利用の利益は、現実に受託業務を行っていたか否かを問わず、委任者である国民としての利用の利益を超えるものではない。
なお、控訴人は、司法書士が国民の権利保全に寄与する責務を負託された職業的代理人であることを指摘するが、このことから、特定の登記所利用につき、司法書士等に独自の法的利益が保障されているものということはできない。
8 以上によれば、設置法及びこれに基づく設置規則によって定められた登記所の設置及び管轄区域の定めは、国民一般に対する便宜供与の目的からされたものであり、これにより国民、控訴人の主張する登記名義人又は司法書士等が何らかの利益を受けるとしても、それは単に事実上の利益にとどまり、法的利益にまで高められたものということはできない。
二 したがって、本件訴えは、事実上の利益に関する紛争にすぎず、具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争ということはできないから、行訴法における抗告訴訟に該当しないことはもとより、法律上の争訟にも該当しないというべきである(なお、現行法上、本件訴えが行訴法四二条の民衆訴訟として許容されると解する法的根拠はない。)。
よって、控訴人の本件訴えを不適法として却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行訴法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱崎浩一 土屋靖之 竹内純一)
【参考】第一審(旭川地裁 平成八年(行ウ)第七号 平成一〇年三月三日判決)
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が平成八年一一月二五日法務省令第七〇号において行った旭川地方法務局羽幌出張所を閉鎖し、その業務を旭川地方法務局留萌支局へ移管するための「法務局及び地方法務局の支局及び出張所設置規則(昭和二四年法務府令第一二号)」の一部を改正した処分は、これを取り消す。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
第二事案の概要
一 旭川地方法務局羽幌出張所廃止の経緯
明治二〇年二月一日、苫前外二村戸長役場内に苫前登記所が設置され、明治三二年二月一三日、同登記所が廃止され、同日、増毛区裁判所羽幌出張所が現在の苫前郡羽幌町に設置された。その後、昭和二二年五月三日、登記に関する事務が裁判所から分離され、旭川司法事務局羽幌出張所として発足、昭和二四年六月一日に旭川地方法務局羽幌出張所(以下「羽幌出張所」という。)と改称され、廃止当時は、苫前郡羽幌町、同郡苫前町、同郡初山別村に属する登記事務を取り扱っていた。
法務大臣は、平成八年一一月二五日、法務省令第七〇号をもって、法務省設置法(昭和二二年法律第一九三号、以下「設置法」という。)八条五項の規定に基づき、法務局及び地方法務局の支局及び出張所設置規則(昭和二四年法務府令第一二号、以下「設置規則」という。)中、別表旭川地方法務局の部留萌支局の款同支局の項中、「留萌郡 増毛郡」を「苫前郡 増毛郡 留萌郡」に改め、同款羽幌出張所の項を削る改正(以下「本件一部改正」という。)を行い、同改正省令は、平成八年一二月二日から施行された。
設置法八条四項は、「法務大臣は、必要と認める地に、法務局又は地方法務局の支局又は出張所を置き、法務局又は地方法務局の事務を分掌させることができる。」とし、同条五項は、「地方法務局の内部組織並びに法務局又は地方法務局の支局及び出張所の名称、位置、管轄区域及び内部組織は、法務省令で定める。」としており、これを受けて、設置規則は、法務局及び地方法務局の支局及び出張所の名称、位置及び管轄区域を具体的に定めているが、羽幌出張所の廃止及びその業務の旭川地方法務局留萌支局(以下「留萌支局」という。)への移管は、右設置規則の改正として行われた。
二 原告の主張
1 原告の地位
原告は、羽幌出張所管轄区域内の住所地に居住し、かつ、同区域内において司法書士の業務を営む者である。
2 基準としての一日交通圏
不動産登記法二六条一項及び商業登記法一六条一項は、いずれも登記事項について当事者又は代理人が出頭して行わなければならない旨定めているから、その反射的側面として、国は、登記事務を行う法務局、地方法務局又はその支局若しくは出張所(以下「登記所」という。)を、登記制度が適正、円滑に維持され得るように配慮する義務を負う。すなわち、登記を受ける地位(登記申請権)は、財産権を構成する一要素であって、一定の基準を超えた(受忍限度を超えた)登記所の配置は、財産権の侵害に当たることはもちろん、法の下の平等を定めた憲法の規定に抵触し、基本的人権を侵害する。
そして、登記制度は、「登記法(明治一九年法律第一号)」の公布施行というかたちで誕生したが、その配置基準を、国は、「当時の交通事情を前提として、主として登記の申請等をする利用者が、一日で往復することができるようにとの方針で決定された。」と、これまで再三再四説明してきた。すなわち、国は自ら、登記所の配置における適正基準のうち、限界的基準(受忍限度)として、朝、自宅を出て、夕方には帰ってこられる範囲(以下「一日交通圏」という。)という基準を設定し、登記制度誕生以来、百余年の間これを維持してきた。
3 処分の違法性
被告は、前記のとおり、本件一部改正を行ったが、これは行政庁の公権力の行使に該当するというべきであるが、次のとおり違法なものであって許されない。
(1) 一日交通圏基準違反
羽幌出張所管轄内には、天売、焼尻の二つの離島があり、これら離島と羽幌町本町を結ぶ交通機関は、冬期間一往復、夏期間二往復のフェリーの定期航路が存在するだけである。また、羽幌―留萌間の公共の交通機関はバスの定期便だけである。羽幌出張所が廃止され、業務が留萌支局に移管された結果、前記離島島民が登記申請のため登記所に出頭するには、これら交通機関を乗り継ぎ、一泊二日あるいは二泊三日の行程を余儀なくされている。まして冬期間はこの地域特有の気象現象のため、長期間にわたってフェリーが欠航することもたびたびある。
したがって、羽幌出張所の廃止は、前記一日交通圏の基準に明確に反しており、憲法一四条、一一条、二九条に違反している。
(2) 国会答弁に反した行政執行の瑕疵
法務省民事局長は、平成八年二月二三日、衆議院法務委員会において、議員の登記所統廃合問題に関する質問に対し、「地域住民から要望があれば住民説明会を開催する」と答弁した。このため、原告が代表を務める「旭川地方法務局羽幌出張所の存続を求める会」は、平成八年七月三日旭川地方法務局長村上昇康に対し、住民説明会の開催を強く要請した。しかるに被告は右説明会を開催しないまま、本件一部改正を行い、施行を強行した。これは、国会答弁に反した行政執行であり、違法である。
4 原告適格、法律上の争訟性
(1) 司法書士は、他人の嘱託を受けて登記又は供託に関する手続について代理すること、法務局等に提出する書類を作成すること、法務局等の長に対する登記又は供託に関する審査請求の手続について代理することを業としている(司法書士法二条)。
司法書士は、その業務の性質上、嘱託人と面談すること、必要な調査、確認作業を行うことが不可欠である。また、登記は、その先後によって権利の順位が決定されるから、登記の受託から登記申請までの事務処理は迅速でなければならない。司法書士は、登記所に出頭して登記申請書を提出し、登記済証の還付も登記所に出頭して受ける。このため、司法書士は、嘱託人と登記所との間を頻繁に往復しなければならないことが法律上予定されている。
羽幌出張所の廃止で業務が留萌支局に移管された結果、原告は、羽幌―留萌間六〇キロを最低でも一日一回、場合によっては一日二回、登記所に出頭することを余儀なくされる。そのために費やされる時間は、夏期間で二時間から四時間、冬期間では三時間から六時間にも及ぶ。これは、日本人の一日の労働時間の二五パーセントから七五パーセントにも相当する時間である。この結果、原告は、嘱託人と直接面談し、相談に応じ、嘱託人の依頼の趣旨、目的を実現するための調査、確認作業という司法書士としての本質的業務に壊滅的な打撃を受け、損害を被っている。
これは、原告が羽幌出張所を利用する具体的な権利を侵害されたことによるものである。すなわち、登記所の設置の趣旨は、利用者に場所的な便宜を図ることにあるから、確立された管轄区域によっていったん保護されるに至った利益は、単なる事務取扱い上の措置を理由に任意に剥奪されうるがごときものではなく、法的権利性を持つ。まして、原告のように廃止対象の出張所に関連する業務がその業務の大部分を占める地域に根ざした司法書士であればなおさらである。
(2) 地域住民は、登記所の統廃合を進めるに当たって、その趣旨及び目的について十分説明をしてもらう「説明を受ける権利」があるが、前記のとおり、被告は何の説明会もしないまま、羽幌出張所の統廃合を強行したのであるから、原告を含む住民の「説明を受ける権利」が侵害された。
以上から、原告の法律上の権利が侵害されたこと、すなわち訴えの利益が存在することは明らかである。
三 被告の主張
(法律上の争訟性)
裁判所法三条一項の規定にいう「法律上の争訟」として裁判所の審理の対象となるのは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争で、法令の適用によって終局的に解決できるものに限られるのであって、具体的な紛争を離れて、裁判所に対し、抽象的に法令が憲法に適合するかしないかの判断を求めることはできない。
本件では、原告が主張する一日交通圏なる基準は法令上に何らの規定もされておらず、原告の具体的な権利を基礎づけるものとは到底言えない。したがって、本件訴えの実質は、羽幌出張所が廃止され、その業務が留萌支局に移管されると、羽幌出張所の管轄区域に居住する住民であり、司法書士である原告としては不便であるので、原告が右のような住民ないし司法書士としての立場で本件一部改正の取消しを求めるというものである。そして、右の立場以上に進んで原告にかかわる具体的な紛争について原告の具体的権利の回復の審判を求めるものではない。
そうすると、本件訴えは、結局、裁判所に対して抽象的に右設置規則が憲法に適合するかしないかの判断を求めるものに帰し、「法律上の争訟」に当たらないことは明らかである。
四 争点
羽幌出張所が廃止された経緯及び原告が羽幌出張所の周辺で司法書士を営んでいること等主要な事実関係に争いはなく、本件における本案前の争点は、本件訴えの適法性に関し、本件の争訟性の存否及び争訟性と密接に関連する原告の法律上の利益の存否である。
第三当裁判所の判断
一 法律上の争訟性
1 裁判所法三条一項は、「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する」とし、一定の例外的場合を除いて裁判所の権限を「法律上の争訟」の裁判に限定している。また、行政事件訴訟法九条は、取消訴訟については、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき、法律上の利益を有する者に限って提起を認めている。したがって、法律上の争訟に該当しない、いわゆる客観訴訟(民衆訴訟や機関訴訟等)は、法律の定めがある場合を除き、不適法なものとして却下を免れない。
2 ところで、「法律上の争訟」とは、一般に当事者間の具体的権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、法令の適用によって終局的に解決することができるものであることを要し、そこで、主張される利益は個別的・具体的なものであることを要する。また、ここで主張される利益は、必ずしも法令によって直接的に記述された権利にとどまらず、事実上の利益とは区別される「法律上の利益」又は「法的利益」を広く含むものと解すべきであり、この「法律上の利益」又は「法的利益」は、法の趣旨及び目的に従って総合的に判断されるべきものである。
二 原告が本件一部改正の取消しを求める利益の性質
1 法務局等同種の施設が広域に多発設置された営造物を利用者が利用する利益については、法的評価として種々の段階が考えられる。すなわち、(イ)個々の利用者と特定の営造物との利用関係が法的に具体的な結びつき(具体的法的関係)を持っている場合、(ロ)個々の利用者と多数の営造物全体との関係では法的な結びつきが認められるが、特定の営造物との利用関係については、当該特定の営造物を利用する蓋然性は認められても、法的に具体的な結びつきがあるとは認められない場合、(ハ)利用関係が事実上のものにすぎない場合である。そして、(イ)の場合は、その利用者は、特定の営造物の改廃について法律上の利益を有するが、(ロ)の場合には、特定の営造物の改廃自体については、原則として法律上の利益はなく、当該営造物の改廃の結果、同種営造物を利用する法的関係自体が否定されるに等しい結果となる場合に法律上の利益を有し、(ハ)の場合は法律上の利益を有することはないと解するのが相当である。
原告は、本件訴えが、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であることの理由として<1>羽幌出張所を利用する住民の一人として、それを利用する具体的権利を剥奪されたこと、<2>原告は羽幌出張所に関連する業務がその業務の大部分を占める地域に根ざした司法書士であることをあげるので、順に判断する。
2 ます、原告が羽幌町の住民である点について検討する。
法務省は国家行政組織法(昭和二三年法律第一二〇号)三条二項に基づき設置法により設置され(設置法一条)、検察、矯正、国籍、戸籍、登記及び供託等一一の事項について国の行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関であり、(同法二条)、国籍、戸籍、登記、供託及び公証等三八の事項を所掌事務としている(同法三条)。
そして、三八の事務のうち、<1>国籍、戸籍、登記、供託及び公証に関する事項、<2>司法書士及び土地家屋調査士に関する事項、<3>住民基本台帳法(昭和四二年法律第八一号)九条二項の規定による通知及び同法第三章に規定する戸籍の附票に関する事項、<4>民事に関する争訟に関する事項、<5>行政に関する争訟に関する事項、<6>人権侵犯事件の調査及び情報の収集に関する事項、<7>民間における人権擁護運動の助長に関する事項、<8>人権擁護委員に関する事項、<9>人身保護、貧困者の訴訟援助その他人権の擁護に関する事項(設置法三条七号から九号まで、二五号から三〇号まで)の事務を分掌させるため、法務局及び地方法務局が置かれ(同法八条一項)、さらに必要と認める地に法務局又は地方法務局の支局又は出張所を置き、法務局又は地方法務局の事務を分掌させることができるとされている。(同条四項)。これを受けて、設置規則が個々の出張所等の管轄を定めており、法務局及び地方法務局組織規程(昭和五五年六月二八日号外法務省令第四六号)は、地方法務局の出張所の所掌事務を原則として登記に関する事務に限定し、例外的に供託に関する事務や司法書士及び土地家屋調査士に関する事項をつかさどる(同規程二六条二項、三項)ものとしている。
この結果、法務省・法務局の所掌事務のうち、登記に関する事務(以下「登記サービス」という。)のみが最も末端の組織である地方法務局の出張所まで所管が及んでいるが、前記諸法令が出張所を設置して登記サービスを手厚くした趣旨は、登記制度が出頭主義を採り、国民の権利義務に重大な影響を与え、取引の安全を図るものであることに鑑み、登記原因の存する地のできるだけ近隣で登記申請する機会をあまねく保障することにあると考えられ、これは法的に保護されるべき利益であると解される。
3 しかしながら、以下の理由により、住民が特定の登記所で登記サービスを受けることが法的に予定若しくは保護されているとまで解することはできない。
不動産登記の事務は、不動産の所在地を管轄する登記所が、商業登記の事務は、当事者の営業所の所在地を管轄する登記所が、管轄登記所としてつかさどり(不動産登記法八条一項、商業登記法一条)、その管轄区域は設置規則四条に定められている。すなわち、登記事務に関する登記所の管轄区域は、不動産の所在地あるいは営業所の所在地との関係で定められたものであって、当該登記所を利用する者は、当該区域に居住する国民や司法書士、土地家屋調査士(以下「司法書士等」という。)に限られず、登記所の管轄区域に所存する不動産及び営業所に関係する国民(法人を含む。)及びそれらの者から嘱託を受けた司法書士等一般である。居住する地域と関係登記所は、居住する地域が決まれば、利用する登記所が決まるという関数関係にはなく、交錯した関係となっている(本件にあてはめて敷えんすれば、羽幌出張所の管轄区域の住民といえども、そこに不動産や営業所を持たない者にとっては、羽幌出張所は無関係である一方、他の地、例えば、札幌市中央区に不動産があれば、札幌法務局を利用することになるから、羽幌出張所の管轄区域の住民であれば羽幌出張所を当然に利用するという関係にはなく、逆に札幌市民であっても羽幌町に土地を購入すれば羽幌出張所を利用するという関係にあるのである。後者の場合、羽幌出張所よりも留萌支局の方が近いことに注意すべきである。)。
たしかに、登記所の管轄区域内に本店を置く会社等を設立し、その登記を経た代表取締役等は、役員、目的、商号、本店等、法律に定められた変更事項が生じるたびに管轄登記所に出頭し(商業登記法一六条)、登記申請をなさなければならず、これは罰則で強制されている(商法四九八条一項一号等)から、これらの者については、管轄区域の住民一般とは別異に解する余地があるものの、原告がこれらの者に該当するというような事実の主張はない。
4 以上から、羽幌出張所管轄区域の住民と羽幌出張所との結びつきは、法的なものではなく、単に利用する蓋然性が高いというに止まるから、1(イ)の場合に該当しないことが明らかである。
しかし、前記のとおり、登記サービスを受ける地位自体は、法的なものと評価しうるので、(ロ)の場合として検討を続ける。
前記のとおり、法的に営造物利用の機会を保障されている利用者が、利用する蓋然性の高い特定の営造物の改廃の結果、代替営造物との関係で、その利用頻度、利用形態及びこれに応じた地理的、時間的、経済的な距離、費用を総合的に考察した結果、今後その営造物を利用することが社会通念上困難で、事実上その営造物を利用する途が閉ざされると評価しうるような場合には、例外的に、その改廃によって利用の機会を侵奪された者は、法律上の利益を有するというべきである。
そして、当事者間に争いがない事実、<証拠略>によって認めることができる事実、当裁判所に顕著である事実を整理すると次のとおりである。
(1) 利用頻度については、我が国の大多数の住民にとって登記所を利用する回数は一生の間に数える程度であって、同様に地域住民に密接なかかわりを持つ国の機関である公共職業安定所、税務署、簡易裁判所、労働基準監督署と比較してもその利用度が高いとは決して言えないというのが一般的である(原告が司法書士としてほぼ毎日利用しているとしても、それは代理人の立場としての利用であって、原告自身のための利用は一般住民と変わるところはない。)。
(2) 利用形態については、登記申請を行う場合には、出頭主義が採用されているものの、利用者の大部分が司法書士又は土地家屋調査士を代理人として利用し、また、登記簿謄本を取る場合には、郵送による方法や、所により郵便局からのファックス等の方法も認められており、安価にこれらを利用できる。
(3) 原告は羽幌町本町(天売島・焼尻島を除いた本土部分)の住民であり、廃止された羽幌出張所は羽幌町本町に所在したのであるが、北海道の道路の整備状況、顕著な混雑の少なさ、高い自家用車の普及度、鉄道等公共交通機関の不便等から、出頭する場合は、自家用車による利用が一般的であるところ、羽幌町本町と留萌市との間は、六〇キロメートル弱であって、両者を結ぶ道路は海岸沿いの平坦な直線路であり、自家用車を利用した場合は一時間程度である。
以上の事実によれば、本件改廃によって羽幌町本町の住民にとって登記サービスの享受が社会通念上困難で途が閉ざされたと言い難いことは明白である。したがって、原告が羽幌町本町の住民であることを以て原告に本件一部改正についての法律上の利益があるとは認められない(なお、原告が強調する、天売島・焼尻島と羽幌町本町との間の交通事情は、本件一部改正の前から同様であって、これを本件一部改正の結果と結びつけて考慮することは背理である。)。
5 次に、原告が司法書士である点について検討する。
司法書士制度は、登記制度を国民が利用するに際し、必要事項の調査や必要書類の作成等にある程度の専門的な知識を必要とすることから、一般人が手間暇をかけて登記申請書類を作成し、その手続をすることが経済的に見ても効率が悪いため、これら一般国民に代わって書類を作成し、手続をする制度を設置する要請があり、これに応えるために設けられた制度である。司法書士は、司法書士法に基づく審査を経て資格を得、本人たる右一般国民に代わって登記、供託等の手続について代理をするなどの業務を行う者であるから(司法書士法二条)、司法書士の登記所の利用の利益は、本人たる一般国民としての利用の利益を超えるものではない。また、右利用に関しては、およそ司法書士の資格を有する者は、その登録を受けようとする際に、「その事務所を設けようとする地を管轄する法務局又は地方法務局の管轄区域内に設立された司法書士会を経由して、日本司法書士会連合会に登録申請書を提出」しなければならず(司法書士法六条の二第一項)、また、その事務所の所在地を管轄する法務局又は地方法務局の長は、司法書士法又は同法に基く命令に違反した司法書士を懲戒できる(同法一二条)等登録、監督に関する限りで、法務局又は地方法務局の管轄区域との関連性を見いだすことができるが、その他に事務所の所在地を管轄する登記所との間に法的関係は存在しない。そして、出張所においては登記事務しか扱っていないことは前記のとおりであり、その他前記諸法令を仔細に検討しても、本人たる一般国民の法的地位を出て、司法書士に独自の法的な利益を保障しているものと解することはできない。
さらに、司法書士の資格は全国共通でいずれの登記所でも利用することができるのであるから、特定の登記所と各司法書士の事務所との関係は各司法書士が営業上の便宜等を考慮して選択する事実上のものと言わざるを得ない。したがって、これを以て法律上の利益を基礎づけることはできない。
6 以上によると、本件一部改正(羽幌出張所の閉鎖)によって、原告が約六〇キロメートル離れた留萌支局に長時間かけて通うことを余儀なくされ、その結果、嘱託人と直接面談し、相談に応じ、調査・確認作業をするなどの司法書士としての本質的業務に壊滅的な打撃を受け、回復しがたい損害を被ったとすれば、原告にとってまことに重大な結果と言わざるを得ないけれども、それは、結局事実上の利益の大きさの問題であって、法律上の利益の侵害の問題ではないと言わざるを得ない。
したがって、本件訴えは、原告の主観的意図はともかく、法律上の利益にかかわることのない、法務局出張所の適正配置という優れて政治的な問題について裁判でその当否を問おうとするものに他ならないから、法律上の争訟性を認めることはできない。
三 以上に加え、本件訴えは、法が定めた客観訴訟(民衆訴訟、機関訴訟)としての要件にもあてはまらないから、訴訟要件を欠き、不適法である。よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成九年一二月一六日)
(裁判官 森邦明 岡部豪 吉川奈奈)